伝統と革新の共存へ 、温泉旅館における自動制御システムの可能性
2024年11月にかけ流し温泉の自動制御システムを導入した温泉旅館「湯宿 みかんの木」を取材。システムがもたらしたものとは?
熱海の温泉旅館「湯宿 みかんの木」では、温泉管理を担当していた湯守の退職を機に、かけ流し温泉の自動制御システムを導入した。株式会社Hi-tecが扱う温浴状態監視IoTシステム「ココチー」と掛け流し全自動システム「ラクチー」を採用し、各浴槽に設置された温度計のデータを基に湯量を自動で調整。そのデータはクラウドに送信され、事務所のモニターでリアルタイムに確認できる仕組みだ。
精緻な温度管理がもたらす効率化
このシステムの最大の特徴は、温度データに基づいて温泉の出る量を自動的に調整できる点だ。旅館の担当者によると、従来は熟練の湯守が手動で調整を行っており、全浴槽の温度を変更する場合、1〜2時間程度かかることもあったという。
「温度を上げようとして蛇口を調整しても、実際の温度変化を確認するまでに10〜15分かかります。それを複数の浴槽で繰り返す必要があったんです」と担当者は説明する。新システムではこれらの作業が自動化され、大幅な時間短縮が実現している。
経営効率と顧客満足度の向上へ
システム導入による効果は業務効率化だけにとどまらない。温度管理の自動化により、適切な湯量調整が可能となり、水道代の削減も見込まれている。さらに、これまで温泉管理に費やしていた時間を接客に振り向けることで、サービスの質の向上も期待できる。
特筆すべきは、源泉温度75℃の温泉を適温に調整する方法が変わってきた点だ。従来は水を加えて温度を下げていたが、新システムでは温泉の湯量自体を制御することで温度調整が可能になった。現在は法令に従い「加水あり」と表示しているものの、将来的には水を加えずに温泉だけで温度調整ができれば、「天然温泉100%」と表示できる可能性も出てきている。「インバウンド需要が増える中、これは大きな強みになると考えています」と担当者は期待を寄せる。
伝統と技術の共存
一方で、湯守という伝統的な職業の今後については、興味深い見解が示された。「草津温泉のような歴史ある温泉地では、湯守の技術は観光資源として大切にすべき文化だと思います。一方で、規模や状況によっては、システム化で効率を追求する選択肢があってもいい。両者が共存していくのではないでしょうか」。
実際、同旅館でもインバウンド需要は着実に伸びており、宿泊客の8-9%を外国人観光客が占めるまでになっている。温泉文化に対する関心が高い外国人観光客に向けて、より快適な温泉体験を提供できる体制が整いつつある。
テクノロジーの導入は、必ずしも伝統との決別を意味するわけではない。むしろ、場所や状況に応じて最適な選択ができる多様性こそが、現代の温泉文化に求められているのかもしれない。