メタバースにおける人類の新たな進化の可能性、バーチャル美少女ねむ氏インタビュー
「アバター国際標準化の国内検討委員会」のメンバーで唯一のVTuber、バーチャル美少女ねむ氏に話を聞いた。
産業技術総合研究所(産総研)が主導するアバター国際標準化に向けた取り組み「アバター国際標準化の国内検討委員会」に、一人のバーチャルな存在が委員として名を連ねている。バーチャル美少女ねむ氏だ。メタバース登場の初期からそこで暮らし始め、『メタバース進化論―仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』の著者でもある同氏に、アバター標準化の意義と、メタバースがもたらす人類の可能性について話を聞いた。
2017年からVTuberとして活動を開始したねむ氏は、昼は一般の社会人として働き、夜はメタバースで活動するという二重の生活を送っている。メタバースの世界は、VRゴーグルやモーショントラッカーなどを駆使し、表情や全身の動きを精密に追跡。現実の自分の動きがアバターに反映される仕組みだ。「メタバースは重力のない自由な移動や物体操作なども可能で、現実世界の自然的な制約はありません。移動という概念が存在せず距離に囚われないのが魅力の一つです。また、メタバース内でモノを作ったり、人を集めてライブをしたりもできるんです」と語る。現時点ですでに、メタバースには「何でもできる、何にでもなれる世界」が広がっている。
一方で、ねむ氏が最も注目するのは、メタバースがもたらす人類の進化の可能性だ。メタバースでは、現実とは全く異なるコミュニケーションや人間関係が生まれているそうで、興味深いデータを示してくれた。
例えば、メタバースでの恋愛に関する調査では、相手の現実の性別や外見を重視しない傾向が強く、より相手の本質を理解できるコミュニケーションが生まれる可能性があるという。「人類が長年持っていた価値観や本能すら、メタバースでは変化しています。むしろ人類の『進化』と呼ぶべきものではないでしょうか」と、ねむ氏は力強く語った。
この「進化可能性」を守るためにも、アバター標準化の議論は重要だと指摘する。「日本では、現実とは異なる姿で生きる文化への理解が比較的進んでいます。でも海外では『メタバースは現実の自分をスキャンして使うもの』という考えが根強い場合もある。そしてこれは、単なる認識の違いで留めておいていいものではないと思います」
実際、ある大手プラットフォームでは、セクハラ問題への対応として、メタバース内でユーザー同士が触れ合えない仕様に変更されて大問題になった事例もある。メタバース内でのルール設定は深い理解の元に行わないと、せっかくの文化が破壊されてしまったり住民との摩擦が起きたりする。そんな事態が既に起こっているのだ。「最悪の場合、もし今後メタバースが一般化していく過程で『現実と同じ性別・年齢・人種の姿でしか活動してはいけない』というルールができてしまったら、メタバースならではの可能性が失われてしまいます。人と人との根源的なコミュニケーションの可能性すら失うことになりかねないのです」とねむ氏は警鐘を鳴らす。
そのため、実際にメタバースで暮らす人々の声を届けることが重要だと、ねむ氏は考えている。「ここで生きている人たちの暮らしを大切にしていかないと、せっかく芽生えた新しい文化は簡単に壊れてしまう。人類の新しい可能性を守るために、私たちの声を届け続けていきたいんです」
特に日本は、メタバースに対する理解において世界に先んじていると、ねむ氏は指摘する。「日本では、メタバースの住人がテレビ番組に出演したり、メタバースの文化を専門に扱うメディアが当たり前に存在する。一方、海外ではまだまだテクニカルな面が強調され、メタバースでの暮らしそのものへの理解は進んでいません。だからこそ、メタバースの可能性をよく理解している日本から、今回標準化に向けた議論が始まったことは重要だと考えています」
従来から進化人類学に関心を持っていたという同氏は、メタバースの世界に来てみると、もうその進化が始まっていたことに驚いたという。その知見は著書『メタバース進化論』にまとめられ、メタバースを単なる技術やエンターテインメントではなく、人類の進化の可能性を秘めた新しい生活様式として捉える視点を提示している。今後の標準化議論において、この視点がどのように活かされていくのか、注目される。
バーチャル美少女ねむ氏の産総研「アバター国際標準化の国内検討委員会」委員就任について(note)
https://note.com/nemchan_nel/n/ncde989be1ce3
【取材・文=近藤 大晃(Dellows)】