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丸岡城跡で内堀の土橋遺構を発見 坂井市教委、古絵図の存在を現地で初裏付け

福井県坂井市教育委員会は、重要文化財の丸岡城城郭跡において、天守東側に位置し城郭の裏口である搦手口に通じる内堀の土橋の遺構を発見したと発表した。江戸時代前期の古絵図に描かれていた土橋の存在が現地で初めて裏付けられた形となる。9月19日には一般市民を対象とした現地説明会が開かれ、遠くは島根、神奈川、埼玉県からも含め130人の見学者が集まった。

2カ所の調査坑から石垣が出土

今回の発掘調査は、天守から東に約160m付近にある丸岡城観光交流センター(マチヨリマーケット)の北側で実施された。この場所には今年3月まで旧一筆啓上茶屋やトイレが建っていた。江戸時代の正保年間(1644~48)に描かれた「正保城絵図」の中の「越前国丸岡城之絵図」には、城の裏口に当たる搦手口付近の内堀に架かる土橋が描かれていた。

調査では「南北13.5m×東西5.5m」と「東西7.5m×南北5m」の2カ所のトレンチ(調査坑)を発掘し、地表から最大2.5m掘った地点辺りから、それぞれ長さ5mと長さ7mにわたって石垣が出土した。2カ所の石垣は東西の同じ並びで築かれており、つながっていて土橋の北側のり面を補強していたとみられる。土橋は幅が約4mあったとされるが南側の石垣は発見できず、市教委は近代の内堀埋め立て時に壊されたと推測している。絵図から推察される土橋の長さは東西に約27mで、そのうち約10m分が出土した格好となる。

天守周辺に見られない緑色凝灰岩も確認

出土した石垣は内堀の底と見られる地点から50~60㎝の高さで、幅約30㎝、高さ約50㎝ほどの石が使われていた。大きな石の内側には直径10~20㎝の丸みを帯びた裏込石が多数見つかっており、石垣の安定性向上や排水効果を高める工夫とみられる。また、基底の石を前にせり出させて支えとする顎止めと呼ばれる技法も確認された。

大きな石の中には丸岡城天守周辺の石垣ではほとんど使われていない緑色凝灰岩が複数含まれており、調査を担当した小林美土里学芸員は後年に積み直された可能性があるとの見方を示している。丸岡城は戦国期の天正4(1576)年に築かれたとされるが、土橋が築かれた正確な年代は不明としている。

過去の発掘でも絵図通りの遺構を確認

丸岡城の内堀より内側の曲輪部分での発掘調査は、平成22(2010)年度以降で今回が6カ所目となる。内堀の内部には住宅街や平章小学校、市体育館などが建っているため広範囲の調査は難しいものの、過去5回の調査では内堀の石垣や隠居曲輪の石垣、二の丸曲輪の石垣と土塁の痕跡などがほぼ絵図どおりに見つかっている。今回の発見により、五角形の城郭エリアには絵図どおりの遺構が残されている可能性が高いとみられる。

専門家「長大な土橋の構造が明らかに」

城郭考古学の専門家である中井均・滋賀県立大学名誉教授は、今回の土橋の検出によって堀に架けられた位置が特定できたことや、長大な土橋が石垣によって築かれた構造を明らかにできた意義は大きいとコメントしている。

今回の調査は旧一筆啓上茶屋に隣接していたトイレ跡の地下遺構を調べたもので、試掘を経て8月24日から発掘が進められ、9月内に終了する予定となっている。検出された土橋跡や石垣は、保護のため埋め戻される。

本記事は福井県坂井市教育委員会の発表をもとに作成しました。

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