日硝ハイウエーの硬式野球チーム、元広島の宮﨑充登氏がバッテリーコーチに就任へ
三重県津市に本社を置く株式会社日硝ハイウエーは、社会人硬式野球チーム「日硝ハイウエーロジスティッカーズ(NISSHO HIGHWAY LOGISTICKERS)」のバッテリーコーチに、元広島東洋カープの投手である宮﨑充登氏が就任する予定であることを発表した。
宮﨑氏は2027年1月に入社し、2月1日付でのコーチ登録に向けた手続きが進められる。監督就任を予定している阪本一成氏とともに、チーム全体の競技力向上や仕事と野球の両立を目指す指導体制の構築に取り組む方針だ。
指導体制の整備と就任の背景
宮﨑氏は現役引退後、三重県の社会人野球チーム「永和商事ウイング」でコーチを務めたほか、ルネス紅葉スポーツ柔整専門学校では監督としてチームを率いるなど選手の育成や指導に携わってきた。同社への入社後は、社会人野球とプロ野球の双方で培った経験や指導者としての知見を生かし、投手陣の育成をはじめとする競技力向上に取り組むとしている。
宮﨑氏は「これまでの選手経験や指導経験を生かし、一人ひとりの持つ可能性を引き出しながら、選手たちの成長を支えていきたいと考えています」とコメントしている。また、代表取締役の杉本健司氏は、宮﨑氏の加入を心強く感じているとした上で、選手一人ひとりの成長を支える指導体制を構築し、社員や地域の皆さまに応援されるチームづくりを進める意向を示した。
宮﨑充登氏の球歴
宮﨑充登氏は1978年9月6日生まれ、和歌山県出身。智弁和歌山高校時代には1996年の春・夏の甲子園大会に出場し、春の選抜大会でチームは準優勝を果たした。高校卒業後は三重県鈴鹿市を拠点とするホンダ鈴鹿に入社し、投手として長年にわたり主力を担った。
2006年の大学生・社会人ドラフトで広島東洋カープから希望入団枠で指名を受け、2007年にプロ野球選手としてのキャリアをスタート。入団1年目から一軍で31試合に登板し、3勝5ホールドを記録した。2011年まで同球団に所属した後に現役を引退し、指導者に転身した。
主な経歴は以下の通り。
- 1996年 智弁和歌山高校で春・夏の甲子園大会に出場(春の選抜大会準優勝)
- 1997年 ホンダ鈴鹿に入社、社会人野球選手として活動
- 2006年 広島東洋カープから大学生・社会人ドラフト希望入団枠で指名
- 2011年 プロ野球選手を引退
- 現役引退後 永和商事ウイングでコーチ、ルネス紅葉スポーツ柔整専門学校で監督を歴任
2027年2月に始動する新チーム
日硝ハイウエーロジスティッカーズは、社会人野球クラブチーム「三重高虎ベースボールクラブ」の事業を株式会社日硝ハイウエーが承継し、2027年2月から企業型クラブチームとして運営を開始するチームとなる。
チーム名にある「ロジスティッカーズ(LOGISTICKERS)」は、同社の事業の根幹である物流を意味する「Logistics」をイメージした造語で、物流の現場で培ってきた力をフィールドでも発揮し、選手、社員、地域の皆さまが一体となって未来へ挑戦するチームを目指している。
本件に関する問い合わせ先
- 株式会社日硝ハイウエー スポーツドライブ事務局(担当:橋川・下部)
- TEL:059-271-5950(平日10:00~17:00)
- E-mail:info@nhw-sports.jp
本記事は株式会社日硝ハイウエーの発表をもとに作成。
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